赤の歌

頭の中のケシゴム

Zono僕はいじめが嫌いだ。
いじめるやつ、そのいじめに便乗するやつ、見て見ぬふりをするやつ。
どれもこれも僕にとっては許せない行為だ。

今日もとなりのクラスの岡本くんがいじめられていた。
「おい、おまえらオカモトくんをいじめるのもいい加減にしろよ!
 そんなに寄ってたかっていじめて恥ずかしくないのかよ!」
僕に言われたのが意外だったのか、さっきまでイジメてた連中はバツが悪そうにただ下を向いていた。

「オカモトくんも言われっぱなしで悔しくないのかよ!
 お父さんがコンドームを作っているからって、何だって言うんだよ。
 立派な産業じゃないか!立派な製品じゃないか!
 立派な特殊樹脂じゃないか! 
 ウレタンじゃないか!風船じゃないか!巾着じゃないか!
 君は弱い人間なんかじゃない、もっとみんなを包んでいく側の人間のはずだぞ。
 こんなクズの連中とは壁を作っていけよ。遮断していけよ。へだたりを作れよ。 
 サガミオリジナルが何だ!
 ベネトンが何だ! 
 ほら。こぼれる涙なんか、液溜めにしまっちゃってさ、前を向いて歩いていこうぜ!」

僕はイジメていた奴等を執拗に問い詰めたりはしない。
どうせあいつらは否認するだけだから。

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足と尻の境目

Asi足はどこまで足なのだろう?
ケツはどこからがケツなのだろう?

まず、カカトを触ってみる。うむ、ここは明らかに足だな。
アキレス腱、フクラハギ、ひざの裏、、、ゆるやかに上部へと歩を進める。
ふともも裏、、、、、こっからが厳しい時間帯だぞ。慎重に判断が必要だ。
ふともも裏の中部から上部へ。そして、ついに臀(でん)部に到達。このあたりも捉えようによっては足と呼べなくも無い。
結局、私の手は背中まで到達してしまった。ここまですべて足だった。

今度は逆に上から下にせめてみようか。
このあたりはケツだな。ここもケツ。ここもケツ。ここもケツ。
ん?このあたりはさすがにケツじゃないな。足だな。
こっから上がケツで、こっから下が足だ。

下から見た場合と上から見た場合で、こうも結果が違うものか。
どおりで竹島が揉めるわけだ。

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ジョギングに乗って

Jog我輩は、ジョギングをする時には決まってニプレスを装着する。

ニプレスとは、主に運動時に乳首の磨耗を防ぐために装着する絆創膏状のアイテムである。
本日も我輩はお決まりのニプレスを装着しジョギングに出かけた。
秋風を背中に感じながらのジョギングは大変気持ちがいいものである。いつもよりも距離を延ばし5km程長く走ってしまった。

ジョギング後、シャワーを浴びるときにニプレスをはずした。我輩の乳首は少々赤くなっていた。
ふむ。いつもよりも距離を延ばしたせいかいつもよりも乳首が磨耗してしまったようだ。
粘着質を介すことで肌と強固に密着しているニプレスとはいえ、磨耗率をゼロにすることはできないようだ。

日常ならばそれもいい。今はいいとしても我輩が出場しようとしている東京マラソン大会のことを考えるとこれでは少々不安が残る。
それならばニプレスと乳首の擦れによる磨耗を防ぐために、ニプレスの下にニプレスレスを装着したらどうだろうか。うむ、名案だ。

...ニプレスレスを装着したところで磨耗率をゼロにすることはできないのではないか。
それならばその下にニプレスレスレスを装着したらどうだろうか。それでもダメならニプレスレスレスレスを着ければいいだけではないか。

嗚呼。我輩はいったい幾つのレスレスを重ねれば磨耗と決別することができるのだろうか。
ニプレスレスレスレスレスレスレスレス程でそれは可能なのだろうか。しばし心に問いかける。

待てよ。仮に乳首の磨耗がゼロになったとき、それは乳首と下界の遮断を意味するのか。
もしもそれが可能というのならば、ひいては我輩個人と社会との完全なる断絶を意味するのではないか。
とかく個が尊重される昨今。個の時代をしきりに主張するその個も、社会を拒否し生き続けられる者ははたして何人いるだろうか?(いや、いない。)
ニプレスレスレスレスレスレスレスレスにより磨耗の無を求める行為、つまり自ら社会を拒絶する行為は虚しくも儚いものでは無いか!!

そうは思わないか、諸君!

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ハードボイルド家族

Samehada今日から俺は母ちゃんのことを桃尻女と呼ぶことにした。

家に帰ると、桃尻女が夕飯の準備をしているところだった。「ただいまー、晩ごはん 何?」と聞いたら、「今日は栗ご飯だよ。」と桃尻女は教えてくれた。

桃尻女はお昼にパーマをかけてきたようだ。明日、家庭訪問で先生がやってくるからだ。桃尻女は先生と何を話すのかな。余計なことを言わないかちょっと心配だ。

夕飯を食べ終わっても鮫肌男は帰ってこなかった。残業かな。テレビを見ていたら臼爺(うすじい)が煎餅をくれた。うまかった。臼爺はエプロンを外してる最中の桃尻女に「お風呂沸いてるかのー」と言った。

風呂上りの桃尻女は、チーズ女の宿題をちょっと見てあげてよ、と言ってきた。アワビ女の宿題だけでも大変なのにチーズ女のもかよ、とちょっと文句を言いそうになった。
茄子女もワカメ女もちょっとは手伝ってくれてもいいのにー。僕の気も知らないで桃尻女は濡れた髪を乾かしていた。臼爺はそれをただ見ていた。

歯を磨いているとき、そろそろ母ちゃんのことを桃尻女と呼ぶのも飽きてきたので、明日からは母ちゃんのことを"お師匠はん"と呼ぶことにしよっかなーと思った。

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場合分け

Tento「先週末、キャンプに行ってきたんだってね。」 休み時間に僕は友人A、今野にそう話しかけた。

「うん、サークルの仲間と奥多摩へ行ってきたよ。」 友人A、今野はそう答えた。

「へー、いいねえ。テント張ったの?」

(以下、友人A、今野の心の声)=====================
むむ。
この場合のテントはどちらの方を指しているのだろうか?

確かに寝泊りはロッジやペンションでは無くテントだった。
昼間のうちにみんなで協力してテントを張ったのだ。

しかし、そのテントで夜寝ているとき、若干僕のテントも張ってしまったことは事実。
あいつは今、どちらのテントのことを聞いてきたのか。

前者をテントA、後者をテントBとする。このとき
(i)テントAのみを張ったパターン
(ii)テントBのみが張ってしまったパターン
(iii)テントA・Bいずれも張ってしまったパターン
(iv)いずれも張らなかったパターン
の4つのパターンが考えられるぞ。

今回は(iii)だけの答えを考えれば必要十分だが、僕が「うん、張ったよ。」と言ったところで、あいつは「それはどっちのテント?」と聞いてきて混乱させてしまわないだろうか。
とはいえ、大きいテントと小さいテント、つまりテントA・テントBを注釈付きで説明するのも まどろっこしいだろう。
いっそ"テント IN テント"と答えて両方テントを張ったことを暗に示そうか。
もしくは"Both テント!"と言ったほうが伝わりやすいだろうか。

待てよ。この解法だと仮に(i)、(ii)だったときはどう答えればよいのだ?まああくまで仮の話だが。
"テント IN  not テント"がいいものか。いや、"Not テント、But also."とすべきか。
まあいい。これは次回のキャンプ時までに答えを用意しておけばよいか。

!!!!待てよ。
俺がアテントをしてた場合はどうなる??
さすがに俺の年代でアテントをしてる奴はいないが、俺も時期がくれば全く関係無い話では無いぞ。他人事じゃ済まされない。
その場合、8つのパターンが考えられるわけか。

もしアテントを履いてたときは"テント IN  テント with アテント"
履いてなかったときは"テント IN  テント without アテント"
まだまだ先の話ではあるが、仮でそう決めておこうか。

!!!待てよ。
アテントでテント張ることって、そもそもあるのか?? 仮に張らないことを前提として考えると、・・・・・・(まだまだ友人A、今野の思考は続いた)

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文学青年

Bungaku今日は性について深く考えて見たい。
ある哲学者が、人間の行動は全て性欲によってなされている、と言っているように”性”は人間生活にとって不可欠のもののようだ。
しかし、世の中では、なんと性が忌み嫌われてることか。親も教師も学者もやんわりそこを避けて通る傾向にある。志村けんのバカ殿様を見てるときに女中の裸シーンでチャンネルを変えるがごとく。

なぜ、みんな”性”を恥ずかしがるのであろうか? なぜ、みんな目をそむけるのであろうか?
”性”というものは大変重要なものであり人類はそれにより進化をとげ子孫を残してきたというのに。

なぜか?それはズバリ性器を指す言葉が格好悪いからである。
例えば、男性器をさす”●んぽ”を考えて見よう。なんと芸術的にだらしのない言葉であろうか。
「んぽ」 破裂音”ん”と ぱ行の”ぽ” の奇跡のドッキングである。

一方、女性器の場合はどうであろう。
関東版の「お***」と関西版の「お**」の二つの派閥があるようだが、そんなにご丁寧に丁寧語で扱われても逆に先方も当惑してしまうだろうし、そもそも国際的な面で「オマーン」と「メコン川」に失礼だ。
こんなことでは日常で使われなくなっても、いたしかたないではないか。

それではどうしたらいいのだろうか?このまま我々は、このはしたない言葉を一生使い続けなければいけないのだろうか?
しかし、皆さん何の心配もいりません。
日本には一人いるではないですか、”性”と真摯に向き合っている一人の青年が。先ほどから盛んに”性”の大事さを説いている一人の文学青年が。
そう、この私である。

私がみなさんのために人肌脱いで、日常でも使える”性用語”を提案しようではありませんか。
今まで使い勝手が悪く、非日常的であった性行為や性器名称をおしゃれな感じの言葉に変換してみせましょう。
以下につらつらと列挙してみるので、参考にしてみてはいかがでしょうか?

歴史好きなあなたならば、女性器のことを”卑弥呼”などと呼んでみてはいかがだろう。
これで性行為は「卑弥呼が勾玉をもらう」などとなり、古典風でカッコイイ。
または「ペリーが浦賀にやってくる」なんて呼んでみても良いであろう。

それに対して野球好きの人なら「ON決戦」なんかと呼んで見ても、白熱して良いかも。
サッカー好きな君なら、「バッジョが移籍」なんかどうだろうか。

映画好きなら 「ファントムメナス」
千葉在住なら 「幕張メッセ」
と性器の呼び名をバージョンアップしてみては。

なんでもいいから自分なりに決めてみて、そして明日からは性に臆することなく日常会話でどんどん使っていこう。
ただ、ファントムメナスだけは公然の場に陳列することの無いようご注意を。

【出展:20世紀Archives (一部改)】 
※今回の歌は かなり古い文献(飛鳥時代の末期)から引用してます。その点を念頭に置いて古代の人々が詠んだ歌を味わって頂ければと思います。 飛鳥時代の人々の生活や思考がいろいろ読取れますね。

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衝動

Hatsujo俺には聡子という知り合いがいる。
ある日。ファミレスでいつものように何気ない会話をしているときに、聡子の会話の中に「のどちんこ」という会話が4回も出てきたことに気づいた。
俺の経験からいえば、「のどちんこ」という言葉の一日キャパシティはせいぜい1.5回ぐらいだ。
「のどちんこ」なんて言わない日が多いというのに、一日に4回という回数はあまりにも多すぎる。
「ははーん。これは意図的に言っているな。」と瞬間的に俺は理解した。

ご存知のとおり、人間には発情期が無い代わりに"言葉の発情期"なるものが存在する。
みなさんも経験があるのではないだろうか。ふと頭の中でハレンチな言葉が浮かんでしまい、それを言いたくなってしまうことが。
普段は抑制作用で押さえることができるのだが、欲求不満の状態だとその言葉を発しないと、いてもたってもいられなくなる。

昔、都立某女子高の生徒に小学生が目の前にいきなり走ってきて「セック●」と大声で叫んで、笑いながら思いっきり去って行ったのを見たことがある。
これは"言葉の発情期"の典型的例であろう。

聡子はこの"言葉の発情期"の時に思わず浮かんでしまったハレンチワードを”のどちんこ”という普通名詞に巧みに織り交ぜて発散させていたのである。
俺は「聡子め、巧みな野郎だ」と思いながら、ずっとその発散の様子を見守っていた。
ずっと見ていたせいか、普段は鈍感な聡子も俺の表情から"織り交ぜ戦法"が悟られたということに気づいたらしかった。

聡子は「先輩には脱帽です。全てお見通しなんですね。。お願い!みんなには発情期のことは言わないで。」という表情で俺にウィンクをしてきた。
「皆まで言うな。そのへんはわきまえている。」と俺もウィンクを返した。

                           【出展:20世紀Archives】

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僕の愛した数式

Sosuu_2 男と女。結局は"互いに素"な関係である。
それは"ヒト"という共通の約数しか持たない関係。

僕は彼女の素数を愛した。
負数だらけの僕が、正数な彼女に魅かれたのは当然だったのかもしれない。

関数までには時間が掛かった。
指数から乗数が二人の定番だった。

ある夜、平方根は無理数と言ってきた。
高々、小数のことだったが分数の匂いを僕は感じ取った。

今思えば、あの時から既に彼女の心は複素数だったのかも知れない。

別れは突如、訪れた。

男と女。結局は"互いに素"。
僕の心に虚数だけが残った。

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IN

In 接頭語というのは非常に大事である。
あたまに"陰"をつけると、なんでもいやらしいイメージが植え付けられるということに、本日ふと気づいた。



箱   → 陰箱(いんばこ)
母   → 陰母(いんぼ)
野菊 → 陰野菊(いんのぎく)

こんな言葉なんて存在しない。
なのに、陰母(いんぼ)って人前では言っちゃいけない気がするし、そんなタイトルの本をサラリーマンが電車の中で読んでたら、その人に俺はちょっとした蔑みの気持ちを抱くであろう。
もしかしたら、陰で見守る温かい母親の意味かもしれないのに。

言葉って不思議。
この現象は"夜の"ってつけると何でもいやらしく感じるのと同じ現象なのかもしれない。

例:舞の海、夜の大相撲

美しいわが母語、日本語。
大事にしたいものだ。

            【出展:GREE Diary】

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無限の距離

男と女。互いに異性に関してはわからないことが多いもので...

男として常識であること女としては当たり前のことが、逆のほうとしてみれば意外と知らないことが多い。まあ、それも無理もない話である。男女では、まず体の構造自体が違うし、生理現象も違う。さらに義務教育で習ってくる科目も違うので、当然の結果と言える。

男性側が下着といって想像するのはパンツだけであるが女性の方は当たり前のように、ブラジャーを加えた2点を思い描くであろう。言われると、なんでも無い話のように感じられるかもしれないが、男には「下着=ブラジャー」という発想が、沸いてこないのである。

また、女性のおっぱいを絵に書け、と言われたとき、女性は自分の胸を上から見た図を書く人が多いらしいが、男性はまず間違い無く100%の人が正面から見た図を書く。男にとって上から見るということ自体が無いからである。

女性の生理用品も男にとってはピンと来ない。
「ウィスパーは横漏れしないから夜も安心。」と言われても、「子供じゃあるまいし20歳も過ぎているんだから、横漏れぐらい直せよ」と思ってしまうし、「吸収ギャザー」と言われても俺の前では無力で、少しもギャザーできていない。男にしてみれば女性特有のことはわからないことが多いのである。

今まで女性について述べてきたが、逆に、男性としては当たり前でも女性には馴染みのないこともある。それが男性用当てネット(通称:ネット)である。
男である私達は当然知っていることなのだが、意外なことに女性に「ネット」のことを聞いてみると大部分が知らないといった顔をするのだ。
先日、あるきっかけでこの事実を知ったのだがそのときはたいそう驚いたものだ。そこで今回は多少講義くさくなるが女性のために「ネット」というものがどんなものなのか、教えてみたいと思う。

男性用当てネット(通称:ネット)
主に男性が第2次成長期(12~15歳)の間に使用するもの
性器の著しい成長をサポートし、また、それを保護する

Netto1ネットは早い人では小学4年ぐらいからつけはじめる。そして、性器の成長がとまるまで着用することになる。ちょうど店頭で売られているブドウやメロンを包んでいるものを想像していただければよいであろう。

ネットの素材は綿やガーゼ状のものまでメーカーによって様々である。
そして形状も多種多用である。


Netto3_5 








左のネットは1番オーソドックスなタイプで性器を包んで巾着のように紐でしめ後ろで結ぶというものだ。ちなみに図はワコール製のものである。
真中のネットはネットの左右にリングがついており上から吊り上げられるようになっている。運動部系出身はこのタイプが多いであろう。このようにネットを装着してからその上にパンツをはくのである。(右図)

ネットの目的は成長期にバイ菌やウイルスから守るということと型崩れを防止することである。周りの友達に聞いてみると、だいたい高校生の間にネットを終えているようだ。

モデルなどの人前に出ることを商売としている人達は結構長い間つけていることが多いらしく、雑誌のインタビューで「ジャニーズでは、型崩れしないように20歳までつけます。」と、香取が言っていた。
これを見ている男性諸君は、きっと、「ああ、そんなの着けてたな。」と懐かしく感じているであろう。
このネットの存在が女性の間ではあまり知られていないのは結構、意外であった。

女性の方ならば、恋人や身の回りの男の人にその人が何型のネットを使っていたのか聞いてみて昔話に華を咲かせるのもよいであろう。

                【出展:20世紀Archives】

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